―今度は新房監督が思う、羽海野チカ作品の魅力をお聞かせいただけますか?
新:絵はかわいいんだけど、一歩入ると痛い感じが凄まじいです! 今までそういうのはやってきていないから、挑戦しがいがあります。
―新房監督をして挑戦という言葉を!?
新:生っぽい、あまりにも生々しい気がします。
羽:嬉しいです。
新:だから走っているシーンにしても、引いて描いているところを寄りたい!って思っちゃいましたね。
羽:それが楽しかったです。まさか私が伏せていた顔を、監督が「アップで」と言うなんて、これは面白いものになるなと。これからもああいう風に、私は照れくさくなるとロングにするのですが、顔を見せてごらん?と言っていただけると(笑)。
新:それはもちろん、見せていい時と見せちゃダメな時があるとは思うんですけどね。
羽:監督の中では、あのときのあの男の子の顔はみんなに見せておこうと?
新:見せないとダメだ!と。
羽:面白いなあ(笑)。
新:そういう感情のシーンもそうだし、あたふたしたときも、もうちょっとあたふたさせたいと思います。
羽:私が描いていて照れくさくなる箇所は、読んでいる人ももう相当照れくさくなっていると思うのですが、それでついご飯の場面を入れたり、ロングにしたりして、恥ずかしくないよーってしてあげちゃうんですけど、アニメでは必要な時には恥ずかしいところも出していただけると。
新:(零と同年代の)その時期は恥ずかしかったけど、今の僕は恥ずかしくないんだよねっていうのもあるけど (笑)。
羽:男の子って難しいじゃないですか。傷つきやすいので、恥ずかしいことをして「恥ずかしい」ってなっているときにはそっとしておいてあげないと、おへそが曲がったり、なにか大変なことになるのでは…と、私はそっとしちゃうんですけど、男性の監督だと全然違うかもしれないから、面白そうです。
新:十分しくじったというところは、もうみんなにも分かりやすく、しくじったときの男の子はこんな顔だよねとやりたいです。
羽:本人からすると一大事なんですけど、大人って別にそんなに、あー分かる分かる、恥ずかしいよねくらいなものなんですよね。でも、ちょうど微妙におへそが曲がってグレそうな年齢に見えたので、私はちょっとロングにしちゃったんです (笑)。
新:そこはアニメでは、かわいそう、かわいそうとしたらダメで、突き離したいですかね。
羽:私は慮り過ぎてダメにするタイプなので、新房監督に躾し直していただけると助かります(笑)。みんなで笑ってあげた方が本人の気が楽になるのが、もしかしたらあそこなのかもしれません。
新:本人、相当反省していたじゃないですか。
羽:してました! そして脚本の打ち合わせで、これが他の人に作ってもらういいところだなあとすごく思いました。
―お話をうかががっていると、羽海野さんとしては、いい意味でアニメが原作とは変わっていくことには、抵抗はないようですね。
羽:まったく。変わっていった方がいいところもあるんですよ、やっぱり。漫画とアニメではせっかく「出来る事」が違う訳ですし、(変わらないと)他人(ひと)とやる意味がなくなっちゃうと私は思うんです。こう描いていたからこのとおりにやりますって言われてしまうと、トラブルはないのかもしれないですけど、私は淋しいし、それじゃつまらないと。
―僕も毎回、シナリオ会議には参加させていただいていますが、要所要所に新房監督によるアニメならではのアレンジがあって、その度に、ここは原作を読んでいる人には、嬉しい驚きをもって見ていただけるんだろうなと思います。
羽:私の方が割とというか、まったく俯瞰でものを見れないタイプなので、やったー!シャフトさんだ!新房さんだ!って決まった瞬間に、「(キャラクターデザインは)渡辺明夫さんに違いない!!」ってなりましたから。監督の方が私の読者さんのために、ちゃんとしめるところはしめておいてくれると思います。「あかりさんもきっと羽川さんみたいになるに違いない!!」ってすごく嬉しくなっちゃっていたんですけど、監督がちゃんと「それはダメです」って言ってくれて…きっと監督の方が本当に読者さんの味方だと思います(笑)。
―原作読者の人達には頼もしいですね(笑)。
羽:新房監督から、(キャラクターデザインは)みんな羽海野さんの絵を待っているからって言われて、あれ…ああ~!ってなりました。
―原作読者の方々が羽海野さんの描く絵をどれだけ好きかは、僕らも羽海野さんの原画展などで、直に感じています。新房監督とシャフトさんは、アニメでは変えた方が面白いところは変えていきながら、そういった原作の良さにも丁寧に応えて下さるので心強いです。
新:僕も月島には行ってきましたから。
羽:川っぺりとかですか?
新:そことか、(霊岸島水位)観測所とか、川本家がある方とか、赤い橋のところとか、あのへんを見てきました。
―実際、ご覧になってどのような印象でしたか?
新:黄昏るのには、いい場所だなと。黄昏たくなっちゃう場所です。
羽:ちょっと歩くと、大きい川もありますもんね。川って黙って座っていても間が持つじゃないですか、船も通るし、チャポチャポと音もするし。
新:零のマンションの近くの観測所のところは、あそこに僕は一日いれますね。
羽:私もずっといられる場所があるのっていいと思うので、月島に住む人が羨ましいです。
新:月島のタワーマンションに住んでいる人達が羨ましいですよ(笑)。ちょっと行ったら、ああいう場所があるなんて。
羽:川は座っていると、それだけで落ち着きます。ベンチもあって座っていていいところですし。1人になれる場所って意外に東京にはないですよね。舞台を月島にしていてよかったです。最初、鎌倉を舞台にしようとも思っていたんですけど、資料写真を撮りに行きづらいので月島にしたんです。でも、取材しに行ったら、絵になるところばかりで、なんて素敵な所なのだろう…と。
新:あの辺に住んでいたら、本当にいいですよね。
―アニメでの月島の描写のされ方も、ぜひ注目ですね。美術も楽しみです。
羽:私、『〈物語〉シリーズ』の背景も大好きなので。湾岸みたいなところで羽川さんが白い猫になっていたり、パジャマで対決するところの晴海ふ頭みたいなところとか公園とか。それに団地や橋の風景なども本当にかっこよかったです。それが『ライオン』ではどうなるんだろうと、とても楽しみです。
新:今回は零の住んでいる部屋と川本家と将棋会館の背景の空気感を、変えたいんです。それぞれ違うと思うんですよ。
零が1人でいる内向的な場所と、リアルな戦いの場である将棋会館と、今のところまだほんわかしている川本家のギャップを出して、それがうまくトライアングルとして成立するような世界にしたいとは思います。
羽:零くんが住んでいるところが新川という地名なんですけど、倉庫やビルが多くて民家は少ないんです。
新:確かに川本家の住んでいるところは、駄菓子屋があったり、すごい懐かしい昭和風な感じがしましたけど。
羽:あの赤い橋のそばに駄菓子屋があるのが、すごいよくて。
新:対して零のいる場所は黄昏やすいような、本当は黄昏たらいけないかもしれないけど、彼はその場所にあえて行くのかなと。
羽:知り合いの男性の漫画家さんたちがそうなんですけど、ファミリーが住んでいるところに住みたくないって言う人もいるんですよ。見かけるとほんわりしちゃって、ハードな物語を描いているのに引きずられて描きにくいから、ファミリーのいない倉庫ばっかりのところに行きたいっていうのを聞いて、零くんは会社員の人が出勤してくる場所に住まわせてみました。
新:でも、あの橋とはすごく近いですよね。
羽:あの橋一本渡ると川本家に行けるので、いいロケーションだなと思って、これを渡るのが零くんのオン・オフになるようにしたんです。